甘い匂いが漂ってくる。
バッタ達を収納していたコンテナスペースの一部を改造して作られた居住区画の一角で、真剣に作業に取り組む女性達の姿が合った。
「姉ちゃん、そこの牛乳とってくれ!」
「もう、自分で取りなさい! 私だって手一杯なのよっ! ここに置いてあったお酒知らない?」
「えっと、ここでウイスキーを……」
ドボドボと鍋に酒を流し込むキノン。
「
あ――っ!! 何やってるの?! キノン!!」
「だって、沢山、お酒を入れた方がアキト様も開放的になられて、それで……」
「ダーリンを酔わせて、何をする気よ!!」
「……キヨウ姉さんだって、そのつもりでお酒を用意したんじゃないですか? 抜け駆けはズルいです」
姉妹の口論を他所に黙々と作業を続けるラピス。
「アキトニ、プレゼント」
大きなリボンを机の上に置き作業をするラピスに、キヤルが不思議そうに問いかける。
「随分と、大きなリボンだな? そんなにでかいチョコを贈るのか?」
「……トッテオキデス」
「そうか、ならオレも負けてられねーな!」
そう言って調理に戻るキヤル。
その後ろで、ラピスは真剣な眼差しで作業に取り込んでいた。
「負ケマセン」
後に語られる、それこそがバレンタインの惨劇の始まりであったと。
紅蓮と黒い王子 バレンタイン〜ホワイトデーまで企画SS
番外第1話「何やってるんだろうな、わたし……」
193作
「アイツら、何やってんだ?」
女性達の圧倒的な雰囲気に気圧され中にも入って行けず、ただ廊下からその様子を盗み見していたキタンは、その不可思議な行動に首を傾げていた。
「あら、知らないの? バレンタインよ」
「ばれんたいん? って、くっつくんじゃねえよ!!」
ワキワキと手を動かしながら近づくリーロンから、素早く距離をとるキタン。
「そ、バレンタイン。それは悲しくも呪われた愛の惨劇!!」
「何か、やべえことなのか?」
リーロンの暗い表情を読み取ったキタンはその様子に動揺し、真剣に話を聞こうとする。
「……どうしても聞きたい?」
「……ああ」
――プシュー。
開け放たれたドアから出てきたラピスとリーロンの目が合う。
「あら、丁度良かったわ。ラピスちゃん、時間あるかしら?」
その瞳は捕食動物を見つけた蛇のようだったと言う。
「リーロンと」
「ラピスノ」
「なぜなにナデシコ、螺旋の地出張版〜〜!!」
ラガンが収められている倉庫の一角に、カミナ、シモン、キタンを初めとして、リットナーの若い男達も揃っていた。
前には黒板の様なものがあり、その脇にはフェレットの着ぐるみに身を包んだラピスと、白衣を着たリーロンの姿があった。
「コレハ何?」
「多元宇宙からの交信よ」
「……デンパ?」
首を傾げながら、その状況についていけないラピスがそこにいた。
「じゃ、早速だけど、バレンタインと言う物がどう言った物か説明するわね」
そう言うと、黒板に何やらカツカツと書き出すリーロン。
「そう、バレンタイン。それは嘗てこの星にあったと言う昔話――」
――遥か昔、バレンタイン伯爵と呼ばれる大層に甘い物が大好きな貴族がいたの。
彼はその中でも特にチョコレートと呼ばれるお菓子が大好きで、世界中のチョコレートを集めていたと言われているわ。
そんなある日、伯爵は幻とも言われる伝説のチョコレートを手に入れるの。
そのチョコレートの美味しさに感動した伯爵はそのチョコを家宝とし、少ない数を味わう為に、自分の誕生日だけ1枚ずつ開封して食べることにした。
でも、ある日、メイドの粗相により家畜小屋の家畜たちが逃げだす事件が発生してしまい、宝物庫に入れてあったチョコレートが荒らされてしまう。
その事に激怒した伯爵はそのメイドを処刑してしまったの。
「ひでえ話だな。食いモンの恨みは恐ろしいって言うが……」
「そうね。でも、この話には続きがあってね」
――事件のあった翌年から毎年同じ日付、伯爵の誕生日になると屋敷に1つのチョコレートが贈られてくるようになったの。
不思議に思った伯爵だけども、そのチョコレートのあまりの美味しさに感動し、それはきっと誰かが私の誕生日を祝ってくれているのだろうと良い方に解釈をしたのね。
以来、毎年届く、そのチョコレートを伯爵は心待ちにしていたそうよ。
でも、13回目の誕生日、そのチョコレートは突然届かなくなるの。
――13、それは宝物庫に残っていたチョコレートの数と同じ枚数。
その日の深夜、伯爵の寝室にコツコツと音を立てながら近づく足音。
足音は扉の前で止まると、コンコンと何度もノックを繰り返す。
『誰だ、こんな夜更けに?!』
余りにしつこく鳴るそのノックに苛立った伯爵は勢いよくその扉を開け放つ。
するとそこにはあの事件のメイドの姿があった。
メイドは口元をニヤリと緩めると伯爵に向かって口を開いた。
――伯爵様? 最後の一枚が見つからないんです。
そう言うとメイドの腕は伯爵の腹に突き刺さり――
――ウフフ、こんなところにありましたよ? 伯爵様。
そういって腹部から臓物と一緒に、半分ほど溶けたチョコレートを取り出すメイドの手が……
「「
ギャアアアアアァァァァ!!!」」
迫るリーロンのどアップに、お互いに肩を抱きながら震えるキタンとシモン。
「なによ〜、失礼ね」
「リーロン、イクラ何デモ、コンナ嘘ヲ信ジル人ハ……」
「いいのよ。黙って見てなさいな」
そう言って男達の方を見てみると。
「まさか、そんな恐ろしい話がバレンタインにあるとは……」
「くっ! まさか、呪いの食いもんだったとは」
「兄貴、オレ、もうリーロンに貰っちゃったよ」
そう言うとリーロンを見る一同。
「いや、リーロンはセーフだろ」
「男か女かわかんねえしな」
そう言ってリーロンを見るカミナとキタンに、リーロンは神速のごときスピードで距離を詰めると――
「あんた達、食べてあげようか?」
舌をにょろっとだし、カミナ達を威嚇していた。
「結局、私ハ何ノ為ニ連レテコラレタノ?」
そして、ラピスの疑問は誰の耳に届くこともなく、騒動に掻き消されていた。
「男どもは集まって何してんの?」
ヨーコは男達の集まっていた倉庫を通り過ぎると、まっすぐアキトのいるユーチャリスの個室に向かっていた。
その胸には、少し乱雑ながらも一生懸命ラッピングされたチョコレートの包みがあった。
「アキト、喜んでくれるかな」
表情を緩めながらも、駆け足でアキトの部屋に向かうヨーコ。
実は今朝、ラピスが見ていたバレンタイン特集の記事を目にし、それを知った女性達の間でチョコレート作りが流行していた。
カカオなどの原料はラピスをその気にさせたキヨウの活躍もあって、ユーチャリスで保管されていた物や、ラピスとリーロンが食糧問題を解決する為に作ったプラントを利用することで解決していた。
「アキトっ! いる?」
扉を開けたその先には大量のチョコレートの包みに埋もれたアキトの姿があった。
「ア、アキト大丈夫?!」
「あ、ああ……大丈夫だ」
そう言いながらヨロヨロと起き上がるアキト。
「これ、全部チョコレート? どうしたの?」
「昼前ぐらいから引っ切り無しに村の女性達が押し寄せてきてな、このチョコレートを置いていったんだ。しかし、何でこんなに大量のチョコレートを急に? まさか、いらないとも言えないし正直困っていたところだったんだが……」
そのアキトの台詞に咄嗟に持っていた包みを後ろに隠すヨーコ。
「ヨーコ、何か用事があったんじゃないのか?」
「ううん、何でもないの! 気にしないで!! それじゃ、アキト、ゆっくりでもいいからちゃんと食べてあげないと皆に悪いよ」
「うん、ああ……」
そう言うと慌てて部屋から出て行くヨーコ。
部屋の外にでると、ヨーコは後悔と寂しさの入り混じった表情で天井を見つめ、呟いた。
「何やってるんだろうな、わたし……」
……TO BE CONTINUDE
あとがき
193です。
バレンタイン〜ホワイトデーまで企画番外編SS開幕です。
本作品はイベント期間中更新される中篇SSです。
毎週水曜日の特典アイテム更新に合わせて更新されます。
長さは本編の三分の二程ですが、本編の更新もあるのでご勘弁を……。
あくまで外伝ですので、細かい突っ込みはなしの方向でw
では次回は、アキトにチョコを渡せなかったヨーコ、そして間違った真実を信じきってしまった男達の命運は?
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