「あ、あの、テンカワ執務官…」

「何だ?」

「今週の木曜の夜って空いていますか?」

「木曜…いや、悪いが仕事だ。用があるならまた別の機会に」

「あ、そ、そうですか…」



「「「「「……………」」」」」


こんな会話が聞こえるようになってきたのは、つい最近。

この前のアキトの訓練観戦から1週間も経っていない、2月の半ばだった。






黒い王子〜AからSに至るまで〜外伝「10.5話」





「バレンタインデー…。よし、お母さんに電話してみよう!」

「っていうか、ミッドチルダにもバレンタインあったんだ…」

「なのはちゃんはいいよね…桃子さんのお菓子美味しいし」

「よし、うちも作るで!」


廊下での会話を聞いた一団は、それぞれ思い思いに計画を練り始める。

しかし、それを聞いていたフェイトが、何かを思い出したらしく、気まずそうに告げた。


「あの…アリシアに教えてもらったんだけど、アキトさん、その日は地上本部の方に用事があるからこっちにはいないって…」

「「「「「「……………ぇ?」」」」」」


それは、つまり…。

しばしの間呆けた一同に、フェイトはおろおろしながらも言葉を続ける。


「え、えっと、アキトさんの新執務官室の仕事内容は知ってるよね?…それで、一度、適正報告に行かなきゃいけないんだって。

 その報告で、新人達がこの後どこの執務官室に配属されるか決定するらしいから、アキトさんもいつも以上に真剣にやってるらしいし…」


無論、なのはたちは“裏”の仕事は知らない。

あくまで表の内容のみ、彼女達は理解しているが、それでもそれがとても重要な役目であることを理解していた。



ともあれ、こうしてなのはたちは、バレンタインデーの前日…その日にチョコを渡す事になったのだが。





「…アキト、大丈夫か?」

「………」


職員室の一角。

天井にまで届きそうなほど高く積まれているのは、勿論アキト宛のチョコである。

隣のリインフォースのデスクもかなり多くのチョコが乗せられているが(男性職員&男子生徒からの贈り物)、アキトのそれらはリインフォース以上であった。


アキトが、地上本部に戻る明日の分も含め、半日ほど執務官たちの実戦演習を行っている間、“それ”は完成したのだろう。

―――恐ろしきかな、茶色の塔よ。

しかも、どこかアキトの顔色が悪いのは、きっと気のせいではないだろう。

隣に立つリインフォースも、自身に贈られたチョコレートの山を見上げながら、アキトの顔色の変化に気付いていた。


「どうした?―――顔色が良くないように見えるが…」

「………昔のトラウマを思い出しただけだ。気にするな…」


額に冷や汗を滲ませ、衣服も若干湿り気を帯び、それがアキトの動揺を表していた。



―――恐ろしきかな、過去の思い出よ。



その後、魔法でハラオウン家の自室に強制転移させたアキトだったが、本局と地上本部の執務官室にも、それぞれ大量のチョコレートが届いている事を知り、一 般 人には理解しがたい心情を抱いたという。



ちなみに、7人+使い魔3人から貰ったチョコレートは、全て手作り&それなりの大きさであった。






その数日前…。



「………あら、シグナム?」

「ん?…ああ、シャマルか」


地上本部にて勤務終了後のシグナムと顔を合わせたのは、本局の医療局所属のシャマルであった。

どうやらシャマルは、配属上の手続きの不備があったらしく、その関係でこちらにやってきたらしい。

そして、その用事を終えたところで鉢合わせたというわけだ。

そうして、廊下の隅のレクリエーションスペースに移動した2人は、仲良くベンチに座り、すぐ傍の窓に映るミッドチルダの風景を見下ろしながら、のんびり近 況を報告し合っていた。


「…そちらはどうだ?」

「問題ないわ。ヴィータちゃんがちょっと堅苦しすぎるって文句言ってたけど、他は特に…」

「…フッ、そうか。こちらも特に問題はない」

「そう。ならよかったわ」


白衣姿のシャマルは、いつも通りのシグナムに微笑みながら、どこか遠い視線でミッドの空を見上げた。


「はやてちゃんもリインフォースも特に問題ないみたいだし…平和ね」

「…ああ、そうだな」

「そういえば、ザフィーラは要人警護の資格を取るつもりらしいわ。まあ、ザフィーラらしいって言ったららしいわね」

「ザフィーラの性格からすれば極極自然だろう。それに、奴にはその資格があれば主の傍で警護につけるしな」

「そうね。…アキトも、現状はまだはやてちゃんが狙われる可能性は低いと見ているけど、どちらにしろザフィーラにははやてちゃんの警護を頼むつもりだった らしいから、丁度よかったわ」

「…リインフォース、か」


彼女の力が悪意ある者によって解放されたり利用されたりすれば、それは恐ろしい事になる。

なのはやフェイト達でも互角…いや、あの時は短期決戦だからよかったものの、長期決戦だったら打つ手はなかっただろう。

それだけの魔力と魔法を、その身の中に有する彼女の存在は、とても稀少な存在である事は言うまでもない。

だからこそ、リインフォースを手に入れようと、その結果、主であるはやてが狙われる可能性は高いが、そのためのザフィーラによる警護であり、アキトによる 監視である。

監視というと響きはよくないが、しかし、それがなければはやてが危険に晒される可能性は激増するだろう。

だが、アキトは自身の負担を増やす事を理解していても、リインフォースを救う事に迷いはなかったし、これからもその思いは変わることはない。


「まあ、何はともあれ、主に異常が無いようで何よりだな」

「そうね。…そういえば、そろそろバレンタインデーだけど、シグナムは何かアキトに渡す予定はあるの?」


と、話題が暗くなってきたので方向を変えようとシャマルが“イベント”の話をする。


「何だ、藪から棒に?…そもそも、バレンタインデーとは何だ?」


しかし、シグナムはそんな“イベント”を知る由も無く、首を捻って問い返す。


「フウッ…シグナム、貴女、少しは気を遣ったほうがいいわよ。

 ………バレンタインデーっていうのは、日本では主に、女性が好意のある男性にチョコレートを贈るイベントよ」

「気になる男性に?…ま、待て。そうなると私がアキトに好意を抱いているという解釈になってしまうっ」

「ああ、大丈夫。義理チョコっていうのもあるから」

「し、しかしだな…」


若干のけぞりながら未だに渋るシグナムであるが、それに業を煮やしたシャマルが寂しげな表情で、視線を斜め下に向けて言葉を紡ぐ。


「…私もはやてちゃんもヴィータちゃんもアキトに贈るのに、シグナムだけが贈らないとアキトは気にするかもしれないわ。

 アキトは意外とナイーブなところがあるしね。―――ほら、エプロンの件だって気にしてたでしょ?」

「………ヴィータの奴も、か…」


驚いた事に、あのヴィータもやる気らしい。

瞳を僅かに大きく開いて驚愕の表情を浮かべるシグナムに、シャマルはいたずらっ子のように微笑みながら続ける。


「ええ。“つ、ついでだっての!おっきいのははやてにあげるんだよ!”って言ってたけど、腕まくりしながら言われてもね…」

「…変わったな、ヴィータも」


シャマルの物まねに、すぐに本人の様子が脳裏に浮かび上がってきて、軽く吹いてしまう。

直後、優しい笑みを顔に浮かべたシグナムは、窓の外の青空を見つめながら、ポツリと呟いた。


「はやてちゃんとアキトのおかげね」

「………お前もだ」

「?…何か言った?」

「いや、何でもない。………しかし、私はまともな料理など作れないし、菓子作りなどもやったことなどない」

「それなら、ほら。レシピ本よ」

「…用意がいいな。ともあれ、助かる」


そうして、バレンタインデーまでの数日間、シグナムはレシピ本と共に数々の困難に立ち向かっていくのであった…。





「…しかし」

『ワシとて、貴様の内心を理解していないわけではない。

 だが、使えるものは何でも使うのが管理局の主義であり、ワシ1人が勝手な理由によって反対したところで、本局運営部の提案を折れるわけではない』


バレンタイン当日。

地上本部の人通りのない廊下の一角を歩きながら、アキトはウインドウの向こうに映る男の言葉に、いつも以上に表情を硬くする。

周囲には誰もおらず、リーゼ姉妹も執務官室で書類整理に就いており、人影も見当たらない。


「…なら、俺があいつ等の分まで動いてやる」

『馬鹿な真似はよせ。それに、お前には他にもやってもらうことがある。地上で動かせる時間も、もうそこまで多くは残っていないのだからな』

「…俺は、記憶を操作されている間に、あいつ等の記憶を見たんだ。

 ………もう、あいつ等の心を傷つけるような事はさせたくはない…」

『…もう、決まった事だ。殺しをさせるのが不快なら、対象の捕獲任務のみに割り当てればよかろう』

「………」


しかし…!


そう言わんばかりのアキトの表情に、ウインドウの向こうの男―――レジアスは、冷徹な視線と共に言葉を紡ぐ。


『……テンカワ。ワシは、この世界を守るためなら、悪魔にも魂を売るつもりだ。

 ―――お前には、その覚悟があるのか?』

「…俺、は……」

『人の上に立つという事は、そういうことだ。お前も理解しているはずだ。

 自身の犠牲だけでは足りんから、他の誰かを犠牲にする。

 そして、目的のためならば、その犠牲が誰になっても構わない覚悟を持ち合わせてねばならん』

「わかっている。…わかっているんだ、そんなことは。だが…」

『………連中の配属手続きの関係で、そちらの方はあくまで兼任、という形にはなる。

 連中の主に教えるか否かはお前の判断に任せる。…では、失礼する』


ピッという電子音と共に閉じたウインドウの方向を、しばしの間じっと見つめていたアキトだが、すぐに大きな溜息と共に天を仰ぐ。


「…参ったな…」


そこで、ふと窓の外に視線を向けると、そこにはいつもと変わらない青空が広がる。

それを見ていると、何故かしんみりした感情が心に広がっていく。


(…なら、方針転換をするしかない。処理ではなく、幽閉を主に。そのための捕獲措置とすれば…)


無論、アキトが今回新たに配属される部下の問題がなければ、それまでと変わらずに“処理”を中心として動いただろう。

しかし、今度新たに部下として迎える者達は、アキトにとってはその方針を変更しなければならないほどの影響力を持っている人物達であった。




「ん、アキ―――」


レジアスとアキトの会話から数分後の事。

廊下を歩いていたシグナムが、偶然休憩スペースのシートに座っていたアキトを見かけ、声を掛ける。

否、掛けようとするが、その口は途中で止まってしまった。


「………」


アキトはシートに座りこんだまま、じっと空を眺めていた。

新人執務官達の報告を終えたのだろう。

手ぶらのまま、何か悩みを抱えた、険しい表情で空を流れる雲を…眺めていた。

まるで、その空間だけが重苦しく見えて、シグナムは右手に持っていた紙袋をサッと腰の後ろに隠し、気配を消して、アキトの右隣に腰を下ろした。


「…ん?―――ああ、シグナムか。久しぶりだな」

「ああ…。主はやては?」

「…まったく、主人想いの騎士だな。

 ……問題ない。リインフォースが常に見守っているしな」


シグナムは、自身の右のシートに置かれた紙袋がアキトの視界に入らないようにしつつ、話し掛ける。

しかし、いつものからかうような口調も、今日はどこか落ち込みが見られ、表情もまた、どこかボウッとしている。


「…そうか。―――それで、何を悩んでいる」

「………お前には、もう言っておいた方が…いや、やはりいい」

「…言え。お前は隠し切れる性格ではないだろう?」

「………」


シグナムの多少威圧を利かせた言葉に、アキトはフッ…と軽く溜息を吐いてから事の内容を話し始めた。




「…というわけだ」

「………なるほど、な」


その話の内容は、シグナムにとっては色々な意味で衝撃的であった。


自分達が上の命令で人殺しをしなければならないこと。

アキトがそれを望んで請け負った事。


「だが…納得いかないな」

「………ああ、だから、お前達には捕縛任務を担当してもらう。

 抹殺指定解除が不可能な者の処理に関しては、俺に任せろ」

「……私が納得がいかないのは、そんなことではない」

「…?」


だが、何よりも許せなかったのは。


「何故、その可能性が出てきた時点で、私達に相談しなかった?
 
 何故、“裏”の任務内容を我々に教えなかった?」

「………相談してどうにかなったのか?」


アキトの返事は淡々としており、それが馬鹿にされたような錯覚を受けて苛立ちを感じる。

そして、ついその胸倉を掴み上げてしまった。


「…お前は、そうやって何もかも抱え込もうとする悪い癖がある。

 ―――何故、我々を頼らない?」

「………頼っていないわけじゃない。だが、お前達に話すには、重い内容だった。

 お前達は、はやてのために人殺しはしない。―――しかし、俺の部隊には“人殺し”も任務に入っている」

「ならば、我々がのうのうと他の者達と生活している間に、お前が人殺しをしているのを見過ごせると思っていたのか?」


そんなことが出来るはずもあるまい。

一時は家族として、共になのは達と敵対までした仲だというのに。



しかし、アキトは視線をシグナムに真っ直ぐ返しながら答えた。



「………俺は、見たんだよ」

「…?」

「俺の記憶が操作されていた間に、お前達の記憶を見た。

 お前達が闇の書と化してからの記憶を、ずっと見ていた」

「―――」


その言葉に、シグナムは一瞬ではあるものの、硬直してしまう。



それは、自分達の闇。

いや、本来ならば、知られたくない過去。

思い出したくない、しかし、決して消える事の無いもの。


「昔はともかく…今、お前達が人殺しを望んでいない事はその事からも理解できる。

 だから、俺はお前達に人殺しをさせようとは思えない」

「………」


いや、アキトが自分達の記憶を見ていた事など、とうの昔にわかっていたこと。

あの時はああするしか、あの場を凌げる方法がなかったから。



だが、アキトが自分達の思いをそこまで汲み取ってくれていたとは。



「…だからといって、お前1人に人殺しをさせようとは、それこそ私は望んではいない。無論、他の者も主はやてもだ」

「………なら、どうしろと?お前達を…はやてを裏切る真似をするっていうのか?」

「…アキト。私達はお前に貸しがある。…リインフォースを、主の笑顔を守ってくれた。

 ―――今度は、我々がその恩に報いるときだ」


そう。

絶望と悲哀の淵から主人を、そして、最後の騎士を救ってくれた。

なのに、自分達は、まだ何も返せてはいないではないか。


しかし、アキトの次の言葉に、シグナムは自身の中で何かが切れた音を聴き取った。


「……ダメだ。それでも、お前達に殺しをさせるつもりは無い。

 …血に濡れた手で、真実を隠し通し…あの子と共に、今までと同じように過ごせる自信があるのか…?」

「クッ…ならば、家族であるお前を裏切る事を私に了承しろと言うのか?!

 …いい加減にしろ、アキト!―――お前がやろうとしていることは、ただの自己満足にすぎん!!」





「何…?!」


こちらの怒りを纏った言葉に、今度はアキトがその表情を怒りに変えて反論する。


「自己満足だと?!ふざけるな!お前達は、自分の心の傷を、また掘り返したいって言うのか?!」

「お前のその、行き過ぎた心遣いは、時に他人を馬鹿にしたような印象を受けると言っている!

 そもそも、私達の罪は私達で贖いの方法を見出す!」

「っ………」


闇と化した経緯はどうであれ、人殺しをしたのは紛れも無い事実。

だが、それにアキトを巻き込むつもりも、そして、その事でアキトに余計な気遣いをさせるつもりもない。


「なら、お前達には人殺しをする覚悟があるのか…?!」


胸倉を掴まれながらも、最後の抵抗をするアキトに、頭を深く、そしてゆっくりと頷く。


「………ああ…。既にこの手は血に濡れている。

 ならば、せめて、主の住む世界のために、我が身を粉とするのが使命。

 お前だけに、その苦しみを背負わせるわけにはいかない…」

「………だが…」

「…お前は、優しすぎる。

 全てを1人で背負おうとすれば、それはやがて自滅の道を齎してしまう。

 家族であるお前にそんな道を選ばせるわけにはいかない。―――主も、他の者も…哀しむからな」

「―――馬鹿女っ…はやてを裏切る事になるんだぞ」


挿絵直後、クッと呻きながら紡いだアキトの背に手を回し、強く抱きしめる。

驚愕の声が聞こえるが、それは肩越しであるために表情は見えない。

だが、きっと、その顔は。



抱きしめられた驚愕と、はやてを裏切る事を決意した自分達に対するそれと。

巻き込んでしまった事の自身の情けなさに悲しみをごちゃ混ぜにしたものだろう。



―――お前は独りではない。

―――独りになど、絶対にしてやるものか。



こうも優しくて、そして、苦悩にぶつかり続ける男の心は、誰かが傍で同じ苦しみを分かち合わなければ、理解できないのだから。



「……たとえいつか真実を知ったとしても、あのお方ならばきっと笑って許してくださる。

 …あの方は、そういうお方だ。お前もよく理解しているはずだろう?」


肩越しに苦笑をしながら言葉を放つと、アキトはしばしの間硬直していたが、突如体の力を緩めると、こちらのされるがままに体を預けてきた。


「…だが、ヴィータに関しては、やらせるつもりも、教えるつもりもない。

 ………アイツは演技が苦手だからな。何かあればすぐにバレてしまう」

「了解した。…ザフィーラは護衛が主だからな。こちらの配属にはならないのだろう?」

「ああ…だが、俺の口からアイツには伝えておこう」


既にアキトからは怒り、驚愕、その他乱れた感情は見られず、穏やかな口調で告げてくる。

それに頷きながら、その頭を、いつもアキトがするように、優しく撫でてやる。


「…お前は、母親みたいだな」

「母親、か…子供が出来る体ではないのだがな」


もし、自分に子供が出来たら、騎士として育てるのだろうか?

そんな、有り得もしない想像をしながら、アキトから体を若干離し、苦笑しながら見詰め合う。



しかし、アキトから帰ってきたのはこちらの予想外の………仰天などと、一言では言い表せない言葉であった。





「………出来るぞ、子供は」

「………は?」


シグナムの口が半開きになって、呆然とした声が返ってくる。


(………そういえば教えてなかったな)


まあ、何れはわかることだったので、今ここで言ってしまってもいいだろう。


「まず第一に、リインフォースに適用したプログラム…どうして“消滅”という呼称ではなく、“書き換え”プログラムだったと思う?

 第二に、お前達の身体構造は、食事・排泄・睡眠…それらをしなくても存在する事はできるが、行為自体もまた可能である」

「ま、まさか…!」

「シグナム、お前の想像どおりだ。

 …つまり、プログラムである、という概念を捨て去れば、お前達は殆ど人間と変わりない。

 無論、書き換えプログラムには、心臓みたいな、弱点となる器官は組み込んでいないがな。あくまで生殖機能に関するものだけだ。

 プログラムが安定するまでは3ヶ月から4ヶ月程度は掛かるって話だったから、そろそろ、体の変化…というか、生理が来てもおかしくはないんだがな」

「…」


まったく、これでは俺がいい人に見えてしまう。

いや、余計なお節介だったろうか?

こちらの直接的な言葉に羞恥心を覗かせて真っ赤になっているシグナムに、意地悪く笑い掛ける。


「何なら、子供でも作るか?」

「なぁ―――!」


と、言ってみたら。

…こちらとしては、少しからかうだけだったのだが。

それだけなのに、シグナムは両耳から湯気を噴き出して気絶してしまった。


「おっと…」


倒れてきた体を抱きとめ、ソファーに寝かそうとする。

どうして戦闘ではあれだけ落ち着いているのに、こういう話をするとここまで変化するものか。

まあ、こういうのも新鮮で悪くはないが。


「………ん?」


そこでふと、ソファーの端を見ると茶色の紙袋が。

20センチ四方のそれは、多分予想通りで、しかし、いつものシグナムからは想像も出来ない事で。


「…やはり、チョコか」


紙袋の中に2つある箱の内、あまり綺麗でない包装の方の箱を取る。

何故2つあるのか疑問だが…リボンの色が緑からして、恐らくはシャマルのものか。

ともあれ、包装の白い紙と紫色のリボンを取って箱を開けると、そこにはチョコレートクッキーが十数個並べられていた。

それぞれ形は歪だが、ナデシコ時代の“アレ”に比べれば悪くはない。

いや、それはシグナムに失礼というものか。


(………俺宛か)


包装の隅に小さく、“アキトへ”と書かれている。


『アキトへ

 お前にはいつも世話になっている。

 ささやかではあるが、礼を受け取ってほしい』


(………なんとまあ、シンプルな。とはいえ、普段のこいつなら信じられない行動だな。

 シャマル辺りに火を点けられたか?)


下手糞なミッド語で書かれたそれを見て、つい苦笑する。


(まったく…いらんお節介を)


ともあれ、せめて、味はわからなくても雰囲気だけでも楽しむか。

味覚がないことを悟らせて、こういう日に嫌な気分にさせるのはよくないとイネスに教わったしな。




そう思い、クッキーを1つ取って口に放り込んだ。







「ん………」


意識が表層に上がってくる。

同時に瞼も上がり、光が視界一杯に広がる。


「………ん。起きたか。…食ってるぞ」

「…ぁ。……んん?!」


と、何故か後頭部に柔らかい何かが当たっているのを感じ、更にはアキトの顎が普段ならばありえない角度から見えている事で、自分が何をされているのかを理 解する。

そして、すぐさま頭を上げてアキトから離れるが、アキトは、こちらよりも手に持った箱を落とさないようにバランスを取ることに意識が向いていた。


………チョットマテ。


「おまっ…それは!」

「………悪いな。上手そうだから、頂いた」


モキュモキュと口を動かしながら食べていたそれは、ここ数日レシピ本を元に作っていた“アレ”ではないか!


「アキト…人のモノを勝手に食うとは…!」

「んっ…すまなかった。でも、上手いぞ」

「………」


呑み込みながら告げるアキトの表情は、先ほどまでとは打って変わって子供のような幼さと意地悪さを秘めており、こちらの不意をこうも簡単に突いてくる。

…溜まったものではない。

まあ、アレはアキトに渡すつもりだったものだから、別にこれ以上文句を言う気はないが。

主はやてが聞いたら「シグナムはわかっとらへんなー」と突っ込まれそうだが、私にはそういうことはイマイチ理解できない。

ともあれ、上手くいったのでよしとするべきか。


「ほら、シグナムも食ってみろ。―――アーン」

「なっ…そ、そんなこと出来るか!」


と、突如何を思い立ったのか、クッキーを1つ持ってこちらの口の傍まで持って来る。

まさか、それは………!

そんな恥ずかしい真似、騎士として出来るわけがなく、固く口を閉ざすが、それにアキトは表情を哀しみに染めて俯いてしまう。





「…そうか……どうせ、これはシグナムにとってはただの義理チョコなんだな…」

「…な、何を言っている!?」

「本命同士なら、もらったチョコを食べ合いっこさせるのが俺の世界のバレンタインデーの常識なんだが…。

 だけど、それを拒むって事は、所詮お前にとって、俺なんてそこら辺の他人と同じレベルの人間なんだろう…?」

「…!」


と、ちょっと意地の悪い嘘を言ってみる。

流石にベルカの時代にバレンタインデーなどはあるまい。

と、そんな馬鹿な事を考えていると、今度はシグナムが顔を真っ赤にして俯き、口を僅かに開いた。


「シ、シグナム…?」

「こ、これでいいのだろう…?は、早くしろ…」


膝の上で両拳をきつく握り締め、羞恥のためか、若干肩を震わせているシグナムは、いつもの溌剌とした口調ではなく、病弱な女子を思わせるそれで答えた。


「い、意味解ってるのか…?」

「こういうときに下らん事は訊くな…馬鹿者っ…」


………どうやら、本気らしい。

いくら俺でも、彼女の気持ちに気付いていないわけではなかったが、こうも素直に出られると、逆にこちらが困惑してしまう。

ああ、ちなみにナデシコ時代より、ある程度他人の機微の変化に関して敏くなったのは、復讐時代のどっかの社長秘書とドクターの仕業である事は改めて説明す るまでもないだろう。


とはいえ、桜色の唇。

赤に染まった頬。

伏せられた、若干濡れた瞳。


それらが魅力的で、チョコレートをシグナムの口に放る瞬間。

ついつい…唾を飲み込んでしまった。




―――…。




これが、テンカワ=アキトがシグナムに、改めて女性を見出した瞬間であった。




それからしばらくの間。

その周囲の空間は、沈黙ながらもピンク色の空気が漂っていたというのは、目撃者ニャー子ちゃんの弁。





P.S

尚、その後に口にしたシャマル特製チョコによって2人とも一瞬で轟沈したとさ。

理由?―――言うまでもあるまい。

何故、料理では中の下なのに、お菓子だと下の下の下の下に到達するのやら。

ユリカやメグミのように形が整っていないわけではなく、見た目美味しそうに見えるから尚更性質が悪い。



<完>


あとがき

オチはありません。

でも、シグナムのエプロン姿はいつか193さんに描いてもらいたいなあと思っています。

え?裸エプロンですか?―――b

そういえば、月末にサレナのプラモとなのはのDVDの最終巻が発売ですね。ああ、早く手に入れたいです。

………あ、でも本命はフェイトの抱き枕ですから!



23:39:30
 楽しかった、今後も絶対応援ッス

ありがとうございます。最近は花粉症に悩まされる日々が続いてますが、応援メッセージを頂いて何とか耐え忍んでいますw


23:41:30
 ここ最近A→Sの更新が続いて、とても嬉しいです。これからゆっくりと10話を読ませて頂きます。

でもそろそろ更新止まって……いえ、何でもありません。
むしろSSSページの更新が……。


23:41:45
 ssか・・・。文章を書くのは苦手なのですが、考慮はしておきます。楽しませていただいていますし。

ありがとうございます。SS作家仲間が増えるのはこちらとしても非常に嬉しいものがあります。
何でもよいので……本当にSSが読みたい今日この頃。
いや、決してメッセメンバーの苛めに心身を痛めているわけでは………ん?こんな時間に誰だ?……お、お前達は?!―――ブツッ


23:45:37
 いまさらですがもうアキトならロッサが男でもフラグたてそうと思うのは自分だけですかね?

いや、むしろ女体化で構わないのでは?そう思ったのは私だけではないことを認識できて幸いです。


23:50:1
 今回も面白かったです。バレンタインSSも楽しみにしてます!

他の作家様たちに比べたら見劣りしまくりですが、それでもお読みいただけたら幸いです。
いえ、決してメッセメンバーの教祖様にバレンタインSSを書いていただきたいわけでは……って話が逸れてしまいました。申し訳ございません。
ちなみに教祖様というのは、私をナデシコSSの世界に引っ張り込んだ張本人です。
SSレベルはシルフェニア内でもトップクラス(メッセ公認)………私なんかでは永遠に歯が立たない秀逸なSSを書かれるお方です。


23:51:28
 「それで我慢してくろって話よ」では無く「それで我慢してくれって話よ」だと思うのですが・・・ (続
23:53:38
 続)アリシアのフラグが一つ立ったようですね。此の侭テスタロッサ姉妹丼を!!(続 
23:54:5
 トップの絵が変わりましたね。新しい方もいい感じですね。
23:55:28
 続々)そして、いずれはナカジマ姉妹丼も!!出来ればティアナもハーレムに!!!

何とぉ?!(F91風に
修正しましたので、ご確認ください。
ナカジマ………いや、実はまだ彼女達には秘密があるのですよ。
それは(ry


23:57:3
 え〜……私の年齢は20中盤ですよ♪このSSを趣味のように楽しんでいます。花粉症は辛いでしょうが負けるな!!…無理か…

20代…社会人ですか。………書け、書くんだジョー!!!
花粉症は健康な方こそなりやすいとか聞きますが…複雑な気分…。


 0:0:25
 アキトはSSランクに昇格していると、黒い王子の魔法野郎 第11話「束の間の休日」でそんなことを書いてありましたよ〜

あ、えっとですね。確かSSランクから更にリミッターが掛けられていて、それで現在はSランクに…。
さらに新執務官室設立後にリミッターを強化されてA-になった、という設定です(確かそれで合ってたはず…)
ですから、現在アキトは4ランク半下がってますね。


0:23:43
 使い魔とはいえ四人もの女性を同室にするとはさすがアキトです!

これこそ権力の濫用…いや、同意の上だから問題ないのか…?


1:3:4
 なんとアリシアフラグまで立った!?

管理局の女は管理局のモノ、管理局のモノはアキトのモノでおk。


1:34:5
 主であるフェイトに黙ってアキトと一緒に寝るとはアルフもやりますね!

反逆のアルフ、とか面白そうです…ふと思いつきました。
そんな感じの予告を以前に書いた覚えが…。

 
2:5:30
 誤字ですか?それで我慢してくろって話よ←それで我慢してくれって話よ
2:8:1
 拍手レスので、いちいち「レスOK」って書く必要ってあるんですか?

拍手のメッセージに関しましては、拍手解析のページから直接コピペしているので、レスOKの部分も表示されてしまうんです。
それを消し忘れてました…申し訳ございません。
誤字の方は修正しましたのでご確認ください。


2:10:59
 アリシア見てると癒される〜

アリシアとフェイトが仲良く歩いていける世界を…そんな世界を書きたかった………。


2:57:16
 バレンタインはもう1月前に終わってますよ…?(1)

いえ、本当はその日までに書きたかったんですが、間に合わなかったという……申し訳ございません。


3:11:23
 アキトのバレンタイン、味覚について関わる話ならシリアスな展開になるだろうし(1
3:12:51
 普通のバレンタインならナデシコを鑑みるにギャグになりそう。(2 レ
3:13:14
 アキトの明日はどちらか!次回も楽しみです♪(3


ギャグ2割シリアス8割………でしょうか?
そこらへんの判断はお任せいたします。まずは楽しんでいただく事が第一ですから。


10:39:36 
 この作品を読んで始めてリリカルなのはの存在を知った。

それは何と…1期と2期は是非ともご視聴ください。オススメです。


22:32:54
 あ、俺学生じゃね〜か…SS書かなきゃならんのか(笑)

仲間GET!さあ、書きましょう…!


1:23:10
 桃子さんが攻略できなかったことに涙した人は少なくはないと思う。

ですよね…血は繋がってないんだから行けると思ったんですが…涙です。


1:49:1
 なのはが録画と録音した物を売れば、きっと一生遊んで暮らせる額が手に入る気がする…(笑)
1:50:53
 しかし!なのはは独り占めするでしょう!まぁ親友達にちバレるのも時間の問題な気がします(笑)
1:56:13
 ちなみに私は20代前半!そして密かに学生時代からの二次小説を書きためてます…。

レッツゴーSS!ティンと来た!!!
さあ、投稿です!





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